仁和寺からのお知らせ
今月の法話
20/04/15

いろは歌

 弘法大師が作られたと伝わる「いろは歌」は、「あいうえお」の仮名四十七文字をすべて一回ずつ使っているため、文字を覚える為の手習い歌としても有名な詩で、その内容は非常に仏教的で、無常観を詠んだものとなっています。
 一説には、いろは歌は、お釈迦様の入滅前後を描いた涅槃経、雪山偈(四行詩)の「諸行無常、是生滅法、生滅滅己、寂滅為楽」の意を汲んで作られたとも言われています。

 いろはにほへと ちりぬるを
 わかよたれそ  つねならむ
 うゐのおくやま けふこえて
 あさきゆめみし ゑひもせす

 『色は匂へど 散りぬるを』
 『我が世誰ぞ 常ならん』
 『有為の奥山 今日超えて』
 『浅き夢見し 酔ひもぜず』

 【色は匂えど 散りぬるを】
『花は咲いても散ってしまうのに』
昔の人は花が咲くことを「色が匂う」と言いました。その花は、日本人が愛してやまない「桜の花」のことです。
きれいに咲いても必ず散る桜の花びらに、人々は人生を重ね「無常」を感じるからこそ、愛されるのではないかと思います。

 【我が世誰ぞ 常ならん】
『永遠に同じ姿でこの世に居続ける人も物もない』
「我が世」とは「私たちの住む世界、この世の中」であり、「誰ぞ」は「誰がいるだろうか」という意味です。

 【有為の奥山 今日超えて】
『つらく・きびしく・険しい人生という山を今日も一つ乗り越えて』
「有為」とは「愛とか憎しみといった形のないものまで含めてこの世に存在する全てのもの」という意味です。

 【浅き夢見し 酔ひもぜず】
『酔っ払っているかのように、真理から目を背け、はかない夢を見ないように』
「浅き夢」とは眠りの浅い時に見る夢のことであり、『はかない夢』のことです。

 【いろは歌】のまとめ
『花は咲いても、たちまち散ってしまう。人も生まれ、やがて死ぬ。この世の中にずっと同じ姿で存在し続けるものは何もない。無常は生ある者の免れえない運命である。様々な因縁から生じる無常の世(奥山)を超越して、人生という険しい山を今日一つ乗り越えて、はかない夢、永遠にお金や家や自分自身が存在するという煩悩を捨てよう。
人生は苦しみや悩み・後悔が多いけれど、その中から小さな喜びを沢山見つけ、毎日を一生懸命大切に生きていこう。
酔っ払って、現実から逃げないように、今をしっかり見つめて生きていこう。その心に覚りの境地がある』という意味になります。

 桜の花は、一週間から十日という限りがある命です。そして咲いてから散るまでの短い期間、精一杯咲いています。
 私たちの人生も何年・何十年と、それぞれの寿命があります。その限られた時間、いつの時も花の咲く季節です。「十代・二十代の青春だけが春。私の満開は終わった。散った」と思ってはいけません。その年にしか味わえない春があるのです。年齢によって見えるもの・感じるものがあります。それを楽しむことができたなら、命ある限り「今が春」「ずっと満開」です。
 お大師様の残された『いろは歌』には、無常である人生を一生懸命生きて、年を取ってもそれぞれの色がついた「自分の花」を咲かせて、喜びにあふれた満開の人生を送ってほしいという願いが込められているのです。